「文章を書く」ことは贅沢な趣味である。

文章を書く、というのは最高の趣味である。

日頃生活する中で蓄積した暗黙知や鬱憤をアウトプットすることでストレス解消にもなる。
それになにより無料。非常にコスパがいい。

文章を書くときに大事なことは「人の目を気にしないこと」。
なぜなら、人には表現の自由があるし、文章とは自分だけの世界だから。
もちろんそれをインターネットで他人の目に触れる形で公開すれば、ケチ付けられるときもあるかもしれないけど、まったく気にしなくていい。

他人にどう思われるか…なんて気にしてたら、1文字も文章を書けない。
いや、書けても何を言いたいのかわからない文章になるだけ。

だからネットで炎上したり、賛否の別れる文章は、すべからくストレートに自分の思いを語ってる。
ある意味でだれにも配慮してない。
そんな文章を書くべきだし、書きたい。

仕事で作成する文章なら、結論、理由、具体例を明確に簡潔に箇条書きで書くなどの文章作成術が求められるが、プライベートで書く文章というのは全くの別物として考えていい。
誰かへの配慮も無用。文法も構成もめちゃくちゃでいい。

そもそも論でいえば、プライベートで文章を書く必要などない。
そんな中で、「文章を書く」という行為は非常に贅沢な行為だし、自分のための書けばいい。

生成AIに、雑に気になった単語を入力すれば、入力した意図を汲み取ってそれっぽい文章を生成してくれる。
我々はそれを読み、なんだか賢くなった気がする。その生成された文章が本当に正しい情報なのかも精査せずに。

きっと文章は、人間が自分自身で書くものではなくなるのだろう。
AIに生成させ、その推敲もAIがする。文章の読み手もAIにそれを翻訳・要約させて読む。要約した後の二次利用もAIが行うのだろう。

文章を書く必要性はどんどん減る。
だが、それでも人間は文章を書くのだろうと思う。
無駄で、贅沢で、非生産的で、不正確な文章を。自分のために、できるだけ純度100%で自分の思いや記録をこの世に刻むために。

これから、文章を書く人と書かない人の間には、大きな文章力や感受性の差が開くと思う。
別に文章を書かなくてもよいが、できるだけ自分の思いを純度高く表現することをおススメする。喋ったり、絵を描いたり、叫んだり。

自分も忙しくてなかなか文章を書く暇がないが、時たまこういう意味のない文章を、自分のために書いていきたい。
なんせタダだし。

ちょっと思い出しただけ

ある女優さんの自宅で遺体が発見された。

死因は明確に報道されていない。

遺体はご本人の可能性があるとのこと。

 

ふと彼女のWikipediaを見た。

彼女は幼少期から虐待を受けていた。両親は早くに離婚した。母親は男に繰り返し溺れ、ネグレクトを受けた。母から「吐けば太らない」といわれ摂食障害になった。母も摂食障害だった。

 

16歳で家を出た。のちに幻聴症状が出て、自傷行為を繰り返し、自殺未遂を図った。その際、マネージャーからは心配ではなく叱られた。その後も母からの愛を受けなかった。愛の欠乏からか、自身も男に溺れた。母は3人目の夫の死を追って自殺した。

 

すごく悲しい、哀しい気持ちになった。

彼女は幼い頃から両親、あるいは大人から愛を受けたことがなかったのかもしれない。そして生涯に渡り、心身を病んだ。

母親を嫌悪していたろうに、皮肉にも自分の人生に母の影が色濃く落ちていることに気づいたのだろう。自身が醜く、モンスターに見えていたらしい。

 

「病んでいた芸能人が自殺したらしい」

一言で右から左に流せる事件。でも自分には片付けられなかった。

0.1%だけ、気持ちがわかる。

 

自分にも家族に複雑な思いがある。

授業参観や体育祭、入学式、卒業式…行事に来た記憶はあまりない。小学校時代は、夕陽のさす放課後の教室で、一人絵を描いていた記憶が強い。没頭できる時間が救いだった。

 

生まれ育ちは恵まれていた。

家族や親のことは聞かれてもないのに他人に言うなと言われた。周りと違うのかもと幼心に覚え、抑圧した。子供なんだから、傲慢になってもよかった。けどそれをしなかった。なぜならみんなと同じようにただ楽しく過ごして、普通で、対等でいたかったから。

物質的に恵まれていても幼少期の記憶はいつもうっすら寂しい。愛みたいなものが遠くにあった気がした。

きっと誰もが自分の人生を羨む。その事実が己を蝕む。

人には自分の地獄が天国に見える。

 

人生を左右する選択を親に相談しても、「好きにしたら」「お前はおかしくなってるから病院に行け」と言われた記憶が今も残る。

逃げ場のない家で向けられる愛のない言葉。自分の気持ちを引き裂き、攻撃性に火をつけた。

反抗期はなかった。反抗するほど関係値も期待もなかった。反抗心は社会に対して向けられた。

昔は可愛くて優しいといわれていた。いつからか近寄りがたく怖いと恐れられた。

ずっと精神的な居場所がなかった。

 

今も家族と会い、話すときはどこか変な気分になる。何かを騙し、取り繕い、欺いてる。そんな背徳感がある。

嫌いじゃない。話して笑い合う。お互いにそれなりに好きだと思う。信頼もおそらくしあってる。

だけど、家族だけど、家族じゃないように感じる。自分は仮面を被ってる。そして彼らは仮面を被った自分を、本物だと信じてる。

きっと、自分は彼らの味方ではないと思う。

いつかどこかで一緒の時間を過ごしたであろう人たち。そんな不健全な感情を持ってしまう自分にも嫌気がさした。

 

昔は、彼女や友人と一緒にいるより、一人が好きだった。

土日の朝の健全な賑わいより、夜勤のバイトに向かう夜が好きだった。

真っ当な場所や真っ当に育ってきた人が苦手だった。

認め・高め合う人間関係より、互いに傷つけ・堕ちていく関係を同じように居場所のない影のある女と持つ方が心地よかった。

知らない飲み会に無秩序に顔を出しては、酒に酔い壊れるのが好きだった。よく知らない人となら明け透けに語り合えた。

 

人の当たり前が異常に見えた。

人は自分のことを羨み、褒めた。

自分の人生も、人の人生も、羨ましくなかった。

 

人の痛みに過剰に繊細で、過剰に優しくできる。きっと過去の自分に対する救済を、頼まれてもない目の前の人間にしたくなるからだろう。

自分に過剰な自信を持っている。絶対的な心の居場所を作らねば、壊れてしまうからだろう。

自分を蔑ろにする相手を過剰なまでに攻撃する。トラウマを想起する前に、相手を叩き潰すためだろう。

 

…と、あるニュースをきっかけに自分の人生を振り返ってみた。というか強制的に脳みそが振り返ってしまった。

そしてこの新鮮な気持ちを文字に残したかった。残せるのは今だけだった。

どこかにいる昔の自分、ないしは家族に届くことを願い、インターネットの片隅に置いておきたかった。

 

鬱屈とした文章を書いたが、今は心から幸せだ。

本当の家族、友人、居場所を手に入れた。自分で努力したが、何より縁に恵まれた。

おそらくこれまでの半生は、様々な世界に触れながら、自分の居場所を探し求める旅だった。

 

今は、一人よりも、妻や子供といる時間が好きだ。

変わらず夜は好きだが、健全な賑わいもそこまで嫌いじゃない。

真っ当な人たちの素晴らしさや強さもわかるようになった。

認め・高め合い、みんなで成功していく素晴らしさ・必要性を感じる。傷つく人を助けることもできて、自立を願うこともできる。

シラフでも自身の弱さや未来を直視できる。

自分の人生を誇れる。人の人生も月並みに羨ましい。

 

こんな自分を好きでいてくれて、評価し信頼してくれる人たち、パートナー、親友たち、ゲーム友達…、に報いたいと思う。

「あなたの目は間違ってなかったよ」と行動を持って証明したい。

とても前向きな気持ちだ。

 

それでも過去は、家族は付きまとう。

彼らと会い、話し、薄暗い気持ちになるのは、居場所がなく寂しかった過去を、否が応でも覗き見なければならないからだろう。

そしてなかったことにしたいその薄暗い過去は確かに存在し、その地続きに今があることを忘れるなといわんばかりに見せつけてくるからだろう。

 

人には人の地獄がある。

安易に踏み躙らないことだ。

子が生まれた時の感情は言語化できない

したくないし、しなくていいと思ってる。

無理やり言語化することも可能、でもしたところで純度100%の気持ちではないし、安っぽい言葉になるだけでしたくない。

 

言語化脳の俺がそう思うのは、俺史上かなりの大事件。

生まれた時の感動や衝撃、母子の健康状態への不安、初めて抱っこした時の感情、、言い出したらキリがないけど。

この一喜一憂できる日々をくれた妻と子供には、心から感謝したい。

特に命を賭けて出産という出来事を乗り越えてくれた妻には。

自分のことを選んでくれた選択が「正しかった」と今後の人生をもって、言動をもって証明したい。

【思考整理】社会人9年目の結論。「仕事の本質」と、その進め方。

思考整理をしたい。今まで散々書いてきたことだが、社会人9年目を迎えて、自分の脳内にあることを垂れ流したい。

ちなみに記事作成にあたっては生成AIの力を大いに使ってる(がーっと書きなぐってそれをまとめてもらってるだけではあるが)ことを留意されたい。

 

社会人として9年目を迎え、これまでの経験を通じて見えてきた仕事、ひいては人生に対する考え方をここに整理する。それは日々の業務を遂行する上での指針であり、より良く生きるためのマインドセットでもある。

1. 仕事の本質:「需要に応える」ということ

仕事の本質は何か。突き詰めれば、それは**「需要に応えること」**であると考える。

この「需要」には二つの側面がある。一つは、誰かが抱える問題や困難を解決し、マイナスの状態をゼロに戻すこと。もう一つは、誰かの生活や活動をより豊か、あるいは便利にし、ゼロの状態をプラスへと引き上げることである。

いずれにせよ、仕事とは、顕在的か潜在的かを問わず、他者からの「求め」を的確に捉え、それに対して価値を提供することに他ならない。

2. 需要を捉え、価値を創造するプロセス

需要に応えるためには、まずその需要を正確に把握する必要がある。多様な人々との対話、様々な媒体からの情報収集を通じて、「どこに、どのような意見、不満、要望が存在するのか」を多角的にインプットすることが不可欠である。

集めた情報の中から共通項を見出し、一つのアクションで複数の課題を解決できるような本質的な「求め」を特定する。

需要が明確になったら、以下のプロセスで仕事を進める。

  1. 目的設定: 達成すべきゴールを明確に定義する。この際、その目的が本当に妥当であるか、需要に合致しているかを検証することが重要である。
  2. 現状分析: 設定した目的と現状とのギャップを明らかにする。
  3. 原因分析と課題特定: なぜギャップが生じているのか、その根本原因を深掘り・分解し、解消すべき具体的な「課題」を特定する。
  4. 優先順位付け: すべての課題に同時に取り組むことは不可能であるため、重要度や緊急度、影響度などを考慮し、取り組むべき課題の優先順位を決定する。
  5. 実行(アサインと進行管理): 特定された課題に対し、チーム内で適切な担当者を割り当て(アサイン)、計画通りに実行が進むよう管理する。

これが、基本的な仕事の進め方である。

3. 優先順位付けの重要性と、その土台

特に強調したいのは「優先順位付け」の重要性である。

「やった方が良いこと」は、常に「実際にできること」を上回る。時間、人員、資金といったリソースは有限である。優先順位を付けずに手当たり次第に取り組めば、リソースは瞬く間に枯渇し、最も重要な課題に取り組む前にチームメンバーの心身も疲弊してしまうだろう。

そして、的確な優先順位付けを行うためには、質の高い、多角的な情報が不可欠である。その情報を円滑に収集・共有できる環境、すなわちチーム内の「心理的安全性」と、メンバー間の「信頼関係」が土台となる。

4. 心理的安全性を育むために: 信頼と挑戦の土壌を耕す

心理的安全性が担保された環境とは、メンバー一人ひとりが、組織やチームの中で本来の自分を安心してさらけ出せる状態を指す。具体的には、疑問を呈したり、異なる意見を述べたり、懸念を表明したり、あるいは失敗を報告したりしても、人間関係が悪化したり、不利益な扱いを受けたりしないと確信できる状態である。このような環境は、自由闊達なコミュニケーション、建設的な対立、そして積極的な挑戦と学習を促し、チーム全体のパフォーマンスと創造性を飛躍的に向上させる土壌となる。

この不可欠な土壌を耕し、心理的安全性を構築・維持するためには、リーダーだけでなく、メンバー全員が以下の姿勢を意識的に実践することが求められる。

  • 傾聴と受容: 相手の発言を表面的に聞くだけでなく、その**背景にある感情や価値観まで理解しようと努める。**意見が自分と異なっていても、まずは頭ごなしに否定せず、「そういう考え方もある」と一度受け止める姿勢が重要である。
  • 意図の汲み取りと言語化: 発言が不明瞭であったり、意図が掴みにくかったりする場合でも、積極的に質問し、「こういう理解で合っていますか?」と確認することで、認識の齟齬を防ぐ。相手が本当に言いたいこと、その核心にある想いを理解しようと努め、それを明確な言葉で表現し返すことは、深い相互理解の第一歩となる。
  • 支援的態度(挑戦の奨励と失敗の許容): メンバーの挑戦や努力を、結果だけでなくプロセスも含めて認め、積極的に応援する姿勢を示す。たとえ失敗したとしても、それを個人への非難に繋げるのではなく、チーム全体の学びの機会として捉え、次に活かすための建設的な対話を行う文化を育むことが重要である。
  • 協力の実践: 言葉で協力姿勢を示すだけでなく、困っているメンバーがいれば率先して手を差し伸べ、知識やノウハウを惜しみなく共有するなど、具体的な行動を通じて「共に目標に向かう仲間である」ことを示す。これは信頼関係を強化する上で極めて効果的である。

これらの行動は、単なるテクニックではなく、個々人の在り方や能力に根差したものであるため、一朝一夕に身につくものではない。その根底には、以下のような基礎的な能力や資質が必要となる。

  • 深い読解力とコミュニケーション能力: 相手の言葉の表面的な意味だけでなく、文脈や非言語的な情報、行間も含めて真意を理解する力。多様な人々との対話、読書、あるいは様々な物語(映画鑑賞など)に触れることを通じて、多様な表現や価値観に対する感受性を磨き、この力を養う必要がある。これは、相手の意図を正確に汲み取り、効果的な対話を行うための基盤である。
  • 寛容性と多様性への敬意: 自分とは異なる意見、価値観、経験を持つ人々を、脅威ではなくチームの可能性を広げる貴重な資源として尊重する姿勢。多様性を受け入れ、活かそうとする心が、他者を心から応援し、支援的な態度をとるための原動力となる。
  • 信頼に足る「実力」: 相手の問題解決に具体的に貢献できる知識、スキル、経験、そして遂行力。「この人になら安心して任せられる」「困ったときに頼りになる」という信頼感は、日々の研鑽によって磨かれる「実力」があってこそ生まれる。これは、具体的な協力行動を通じて他者を支えるための、そしてチームに貢献するための基盤となる。

結論

「需要に応える」という仕事の本質を追求するプロセス。その鍵となる「優先順位付け」。そして、その土台を形成する「心理的安全性」と「信頼」。これらはすべて密接に結びついている。日々の業務を通じてこれらの要素を意識し、実践し続けることこそが、仕事の質を高め、ひいては自身の成長を促す道筋となるだろう。

まぁぶっちゃけ?「上記の考え方を本心からしろ!」とはいわない。むしろ「心理的安全性とか知らねーよ」って内心思っててもOKだし、それが自然。だけど理論上、上記のようなマインドセットをして対人関係に臨むと非常に円滑に進むよってことを言いたい。

2月フリープレイ『PAC-MAN WORLD Re-PAC(パックマン ワールド リパック)』トロコン後レビュー記事

めっちゃ久しぶりです。リッキーです(@Ricky_Shihtzu)。

 

Xで日常についてポストをたまーにしてるけど、個人的な日記やボヤキではなく、世の中に対してまとまった長い文章を発信できるのはやっぱブログだなぁと思ったので、久しぶりに書いてみました。

 

f:id:Ricky_shihtzu:20250219042510j:image

 

タイトルのとおり、2月のフリープレイで来ていた

PAC-MAN WORLD Re-PAC(パックマン ワールド リパック)」をプレイしたので以下感想記事です。

 

#プレイ状況

28時間

プラチナトロフィー取得済み

 

#総評

3.5/5

 

3Dアクション部分は、良くも悪くもマリオのコンパチというか劣化版的な感じ。可もなく不可もなく。

Maze(いわゆるみんなが知ってるパックマン。迷路を敵を避けながら全部のドットを食べるゲーム)については、往年の名作だけあって、ゲーム性が高く完成されてた。さすがに面白い。

トロフィーも一部高難度のものもあるけど、基本取得は簡単だし、フリープレイでやるなら時間も潰せるしそこそこ面白くかなりおススメ。

 

※評価基準

5:文句なしの神ゲー。誰に対してもおススメできる。

4:個人的な良~神ゲー。万人受けするかはわからないけど面白さを説明できる

3:ゲームとしてのコンセプトが理解できたり、ゲーム性が確かにある。面白いかは人による

2:そもそもゲームとして成立してない。お金を返してほしい。

1:論外。無料でもやらない方がいい。

 

#ストーリー

ほぼあってないようなもの。

パックマン不在の中、ゴースト(敵。パックマンを追いかけてくるやつ)が攻めてきて、パックマンファミリーを拉致ってしまったため、パックマンはファミリーを取り戻すため、敵地に乗り込む…というもの

これに関してはマリオもそうだけど、ストーリーを期待してる層はほぼいないから全然問題なし。

 

どっちかっていうとパックマンって息子とかいたんだ…パパなんだ…ってのが一番おもろかった。

 

#アクション

前述のとおりフツーの3Dアクションゲーム。

敵をよけたり倒しながら、フルーツを取りつつゴールを目指す…って感じ。道中Mazeがある感じ。

 

ヒップドロップとか、バックダッシュ(スピンアタック的な)とか、ドット(パックマンがよく食べるやつ)投げとか、攻撃方法は豊富。

だけど逆に言うと、それらの使い分けがほぼなくどれかの攻撃だけで攻略可。まぁここはターゲット層的にも難易度をそこまで難しくもできないし仕方ないのか?

 

バックダッシュについては、ため時間によって軌道が変わる(長く溜めるとより直線的に、短いと山なりに)が、そのさじ加減が難しく、バックダッシュを強制的に使わないといけないシーンでもため時間を間違えると向こう際にたどり着けず1機ミス扱いになってしまうのがかなりストレスだった。そしてため時間についての説明もないのも残念。

 

#Maze

これはさすがに面白かった。

Mazeはいわゆるみんなの知ってるパックマン

ゴーストを避けながらマップ上のドットを全部食べるとクリア。

 

往年の名作だけあってゲーム性が高い。

ここでいうゲーム性ってのは、「リスクとリターンが比例している」こと

 

基本は逃げる一辺倒だけど、パワークッキー(食べるとパックマンがでかくなって、ゴーストを食べれるようになる)を食べると形勢が逆転するからカタルシスもある。

ドットを食べてるときは、食べてない時より動きが遅くなるなど、リターンが高くなるにつれ、リスクも高くなるなど、ゲーム性がシンプルながら高い。

 

3Dアクションの道中にMaze要素がでてきたり、Maze専用のチャレンジモードもあるから、やりたきゃボリュームもあるし、「レトロゲーマー」という激ムズトロフィーの取得を目指すなら歯ごたえもある。

 

#トロフィー「レトロゲーマー」

これが激ムズ。なんと取得率0.3%!

本編(3Dアクション部分)をクリアすると、最初のエリアにゲーセンのアーケードが出現。

そこで昔のパックマンMazeをプレイできる。

 

…ここまでは別にいいんだが、このトロフィーを取得するには「残機3でRound9をクリアする」必要がある。これのむずいことむずいこと。本編のMazeよりマップも狭いし、Roundが進むごとにCPUの動きのパターンも複雑化していく。そして何より「3回しかミスできないこと」がシンプルにムズイ。

 

僕も自力攻略は結局無理だったので、YouTubeでゴーストの動きのパターンを研究しようと思ったけど、日本人の動画がほとんどなくて、英語の動画を見ながらなんとか攻略。

クリア時手汗やばすぎて自分で引きました

参考した動画を貼っておくので、モノ好きな方はどうぞ

www.youtube.com

 

#まとめ

定価は税別3,200円と安い部類ではあるものの、相当なナムコorパックマンファンじゃない限り、フルプライスで買うのは渋いかなぁという印象。

逆にフリープレイで触る分にはかなり満足感は高いんじゃないかなと思います。

都会と田舎の差

昔見て影響を受けたツイートを紹介。

https://x.com/tabbata/status/1015912178862309377?s=46

 

「よそ者に対してどれだけオープンかつフェアな態度をとれるかが、そこを(その人を)”都会”か”田舎”かをわける大事なポイントである」という内容


仲良くない人、嫌いな人、転校生、異動してきた人、同じ飲み会にいるよう知らん人…

大なり小なり「よそ者」はいて、そういう人たちをブロックして、自分にとって居心地がいい人たちとクローズドでアンフェアなやり取りをするのは単純にダサい。


身内で手に入れた有益な情報を全体に共有すれば全体が底上げされるし、そもそも論、そういうよそ者に対して既存のコミュニティにいれてあげたり、同じ態度で接してる人とかってかっこいい。


個人的に、職場でのやり取りも、個人的にこそこそやるんじゃなくて、全員に聞こえるようにでかい声で、かつみんなと同じ態度で接するように努めている。

もしくはみんながアクセスできる連絡ツールでやりとりするとかね。

そうすればみんながその情報にアクセスできて、オープンでフェア。


人への対応する基準や評価基準をしっかり定めて、それをオープンにすれば、自分も「あ、こういう態度で接すればいいんだ、評価すればいいんだ」ってなるし。

こっちも楽だし、相手もわかりやすいしいいと思う。


自分なりの取説を決めて、そのマイルールを公開し、オープンにフェアに実行できれば、そこがど田舎でも超都会でも、かっこいい人間でいられるのでは?

ベガパンクの生死は?!【ワンピース1106話感想】

1106話「きみの味方」の感想!

 

最近のワンピースえぐいですね。

まさにこの通り。。。読んでない人は今からでも遅くないよ。。。

いつでもワンピースもあるよ( ^ω^)・・・

<全話無料ライブ配信!>TVアニメ『ONE PIECE』生配信「ANYTIME ONE PIECE」ROUND 06 - YouTube

 

尾田さんって伏線が天才的!とかってレベルじゃないんだよなもう。

漫画を描いてる以上、その作品の世界観を作者が一人で練り上げてるってのは当然なんだけど、その描いてる世界観がとんでもなく緻密っていうか、、、ホントにある世界のようなレベルなんだよな…

 

ホントに一人の人間の頭の中で存在してる世界観とは思えないくらい、キャラ一人一人が過去を持ちその背景に従って人格形成され、その人格に沿った意志を持ち、話したり動いたりする。

ホントにもうよくわからないレベルまで行ってる漫画。

 

上記postのとおり、今はその伏線が全回収されてきてる時期で、この漫画をリアルタイムで終えてる幸せがほんと凄い。

 

以下感想です。

  • ベガパンクは死にそうな気がする。
    • あまりにも色々知っていて物語上都合が悪いと思う。無事にルフィたちと逃げ切れたら、ルフィ一行が悪魔の実や空白の100年のことをはじめ、色々知りすぎてしまうと思う。
    • 死亡or戦闘不能時に重大な秘密を伝えてお別れ…って感じがするなぁ
  • 同時にボニーの扱いも一気に難しくなったと思う。
    • 海軍というか世界政府のメイン戦力がくまの姿をしたパシフィスタである以上、そのすべてを支配下におけるボニーの存在はチートすぎる。
    • 終戦争にボニーが絡んでくるか、もしくはベガパンク同様何かしらの理由で実質退場させられるかになるかと。
  • ”くまの姿をした全ての個体にプログラムした”ということは、くまのセラフィム(S-ベアー)もボニーの指示を聞くということ?
  • ルフィのギア5は飯を食えば回復する??
    • ギア4は覇気が一定時間使えないとか色々制限があったけど、ギア5については飯さえ食えばすぐ復活するのかな??
  • 巨人は太陽側??

あーあ、来週が楽しみだなぁ